根津〈dou dou〉にてセミオーダーシャツを注文。

9月某日午後2時に妻の妹家族と千駄木で待ち合わせ。待ち合わせ場所に指定したドトールコーヒーは〈サンマルクカフェ〉となっていた。昔、向かいの〈千駄木倶楽部〉や在りし〈千駄木ドトール〉は、よく利用したものである。生活のリズムを整えるために、朝の数時間、ここのドトールに日参し、読書をしていた時期もあった(ロラン・バルトの著書をまとめて読んだのはこの時期。またR.P.Kangle校訂のThe Kauṭilīya Arthaśāstraの本文をノートに必死に写し取っていたが、MonierやApteの梵英辞書からは訳語が見出せず、彼の英訳との間を何度も往復し挫折したのもこの時期)。たまたまライカM4をテーブルに置いていたところ、森まゆみさんと隣り合わせとなったときは冷や汗もの。彼女がM4をみてニヤッとするし……(わたしは、森まゆみさんのテーブルの上の4冊の本の背表紙をチェックした)。タウン誌『谷根千』は創刊号から(しばらく)の購読者で、ほかにも彼女の贅肉のない、淡白な文体の著書のフアンであった。そのタウン誌も今夏94号をもって終刊とのこと。
さて、谷中から根津に向うへび道に目的の〈dou dou〉(セミオーダーシャツの店)がある。小さな店舗に他に3人の女性客がいて、われわれが入ると芋洗い状態。そのなかで、妻と義妹は、サンプル商品からそれぞれ好みの生地を選択したみたいで、寡黙に店を出、芋甚で小倉最中を求めて店先で立ち食い。その間、わたしだけ、ちょっと足を延ばして根津のたいやき(柳屋高級鯛焼本舗)へ向ったが、やはり、午後2時半では売り切れ。〈花小路(根津神社表門前店)〉で、焼きかりんとうを購入し*1根津神社でしばし休憩。甥っ子と十分に遊んだ後、〈dou dou〉に引き返し、客のいなくなった店舗で服を注文。妻のものについては、2万円ほど内金を入れてくる。この辺も小さな可愛らしい店が増えた。発掘を終えた緻密な地誌を潤いとして、その上に新たな地層が覆い始めている。その後、谷中銀座を散策──。

書きながら思い出したこと──
千駄木5丁目によく行く銭湯があった。その頃、洗濯機をもっていなかったわけではないが、まとめ洗いと乾燥ができる便利さから、銭湯に隣接されたそこのコインランドリーを使っていたときである。銭湯の一番風呂を目当てに隠居らしき初老の御仁がやってきた。シャッターがまだ閉まっているので、わたしをみつけると話しかけてきた。「洗剤は繊維を傷めるので、石鹸で洗って朝露のもとに干しておくのが一番だ」という。また、「じぶんは戦後、○○にいち早く洗濯機が導入された時、その〈取り説〉はドイツ語で書いてあったのだが、それを訳して説明して廻った」という。反応がわるいとでも思ったのか、こんどはわたしのワイシャツのウィンザーカラーの襟をみて、「ワイシャツの襟のかたち一つみても、その人の性格が分かるものなのだ」といって興味を惹こうとされているふうであった。──本当のところは、すかさず、では、わたしの襟からはどんな性格だと映っているんですか?とも聞きたかったのだが、じつは、その第一声より警戒し、身構えてしまっていた。頭の中では、ロラン・バルトの『神話作用』の洗剤のコマーシャルについての分析が相槌として準備され、「襟」の話は、安っぽい手相見の占いなどではなく、もしや、この点と点を結ぶものが確かならば、『モードの体系』かと思って、心臓が早鐘を打っていたのである。若いと気負うものである。シャッターは大きく唸って開き、その御仁は、過去の大きな口の中に吸い込まれていってしまった。

神話作用

神話作用

*1:「(株)焼きかりんとう本舗」が会社名か